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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6561号 判決

文京信用金庫

事実

原告本所木材株式会社は請求原因として、被告は建築請負業を営む株式会社山本工務店の代表取締役であるが、昭和三十年八月二十七日右山本工務店が東京都文京区から区立千駄木小学校校舎の増築工事を代金四百九十三万円で請負つた際、その請負工事に要する資金を文京信用金庫春日町支店から借り受けて工事に着手した。ところで山本工務店の右信用金庫よりの借受金はそれ以前の分を合算すると金三百七十一万円に達したので、文京信用金庫としてはこの弁済を確保するため、山本工務店に代つて右工事代金を文京区より受領し、これを弁済に充当することとし、そのため山本工務店より右工事代金受領の委任状の交付を受けてこれを文京区の会計課に提出し、右代理受領について文京区収入役の承認を得た。かくして文京信用金庫は、その後文京区から右工事代金中山本工務店に対する債権額に相当する合計金三百七十一万円の支払を得て、ここに山本工務店と文京信用金庫との間の貸借関係は決済された。

これより先、被告は昭和三十年九月二十六日原告会社に対し、山本工務店の前記請負工事に要する材木を供給されたいと申込み、なお右工事の注文者が文京区であるから請負代金の支払は確実であり、従つて右材木代金の支払についても懸念はない旨述べて受諾を懇請したので、原告会社も被告の右言を信用し、原告会社と山本工務店との間に工事用材木合計四百九十五石を代金二百十万円で売り渡す旨の契約が締結された。次いで翌二十七日、山本工務店において被告は原告会社代表取締役に対し、文京区より工事代金受領の都度原告会社に対し材木代金を支払う、その最終回は昭和三十一年一月末日である旨を約した。そこで、原告会社は被告の指示により、右材木を同年九月二十八日から同年十二月九日までの間に右工事現場に搬入し、これを山本工務店に引渡して履行を完了した。

しかるに被告は文京区の右工事代金支払に関して何らの連絡をしないし、山本工務店は原告会社に対し右材木代金の支払をしないので、原告会社としては被告に対しこれを追及すると共に調査したところ、昭和三十年十一月六日に至つて右工事代金の一部が既に文京区より支払われていることが判明したので、被告の不信を責めた結果、同月八日に山本工務店より右材木代金のうさ金六十万円の支払を受けたが、残金百五十万円は未だ支払を受けず、しかも山本工務店は殆えど無資産で営業も休止の状態であり、取立も不可能の有様である。

以上により明らかなように、被告は、材木代金の支払について唯一の財源ともいうべき文京区からの工事代金は文京信用金庫に受領委任したことにより既に事実上処分され、これによつては原告会社に支払う由がないにも拘らず、この事実を秘したばかりでなく、右材木代金支払について確実な当てがあり、またその支払につき協力して過誤のないようにすると申向け、原告会社を欺いて前述のように材木を売買名義で交付させ、原告会社をしてその代金相当額の損害を蒙らせたものであるから、原告会社は、被告の右不法行為を理由として、右損害額から前記支払を受けた金六十万円を差引いた金百五十万円とこれに対する右材木引渡日の翌日である昭和三十年十二月十日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると主張した。

被告田口次は答弁として、原告主張の材木供給契約は原告会社と山本工務店との間に成立したものであり、右工務店は右材木代金支払確保のため、原告会社に宛てて約束手形四通(額面金額合計金二百十万円)を振り出した。また山本工務店としては他の請負工事からの収入予定もあつたので、右材木代金は文京区より支払れるべき右工事代金のうちから支払う旨を約したこともない。なお、山本工務店が原告会社と材木供給契約を締結した当時における同工務店の負債は約三百万円程度に過ぎないものと信じていたので、仕事を発展させれば右負債の返済は容易にできるし、原告会社に対する材木代金の支払についても不安の念を抱かなかつたのであるが、その後意外に負債が多いことが判明し、そのために原告会社に対して支払えない結果となつたが、原告会社を欺す意思はもとより存しなかつたものであるから、不法行為上の責任を負担する理由はないと抗争した。

理由

山本工務店と文京信用金庫との間の貸借関係とその履行確保に関する措置について按ずるに、証拠を綜合すると、山本工務店は本件請負工事を施行するのに必要な資金として文京信用金庫と総額約三百八十万円の借入契約を結び、この借入金の返済を確実ならしめる手段として、文京信用金庫に対し右工事代金四百九十三万円の全額につき山本工務店を代理して文京区から受領し得る旨を委任するとともに、右委任を中途で解除するには当事者双方の合意を要する旨を約し、その趣旨を記載した委任状を作成し、右委任状に山本工務店と文京信用金庫とが連署して文京区会計課に提出し、昭和三十年九月一日、右代理受領の件につき文京区収入役の承認を得た。山本工務店は右借入契約に基き文京信用金庫から都合四回にわたり合計金三百八十万円を借り入れたが、一方文京信用金庫は右委任状によつて、文京区から三回にわたり合計金三百七十一万円を山本工務店を代理して受領したことが認められる。そうして、これでもつて文京信用金庫と山本工務店との間の貸借関係はすべて決済されたことが窺われる。

次に原告と山本工務店との間の材木売買取引の経過について検討するのに、証拠を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、昭和三十年九月上旬頃、文京区の区会議員である鉢木寅造は、被告から山本工務店が本件請負工事用の材木の入手難で困つていることを聞き、このことを知人である立野富蔵に伝え、適当な材木屋はないだろうかと尋ねたところ、その二、三日後、立野が同町内に住む岸材木店に、山本工務店が材木を求めていることを伝え、その際、この話は区会議員である鉢木から頼まれたものであるといつた。これを聞いて岸材木店としては、鉢木区会議員から出た話であれば支払の点も確実であるに違いないと思い、自ら右取引をしようと準備を始めたが身内に病人があつたためやむなく取引を断念し、これを同業である原告会社に伝え、あわせて、この話が区会議員であり区の建築担当者でもある鉢木から頼まれたものであるというように述べた。そうして同年九月二十四日、二十六日、二十七日と三回にわたつて原告会社取締役と被告とが会つた結果、原告会社と山本工務店との間に次のような内容の材木売買契約が成立した。供給すべき材木の種類、数量は原告主張のとおり、代金は金二百十万円、その支払方法は四回の分割払いで、何れも文京区から取り下げる請負代金のうちから、支払うべき旨を定めた。なお右代金の支払担保のため山本工務店は原告会社に宛てて約束手形四通を振り出した。原告会社は右契約に基き、同年十二月九日までに右材木を工事現場に搬入し、これを山本工務店に引渡した。そして山本工務店の請負工事は、右材木を使用して既に完成した。これより前同年十一月八日に山本工務店は原告会社に右材木代金のうち金六十万円を支払つたが、残金百五十万円は未だに支払つていない。

以上のとおり認められるころ、原告は、本件材木売買契約成立当時山本工務店には売買代金を支払う資力がなかつたものであると主張するので判断するに、右工事請負代金の総額は四百九十三万円であつて、文京信用金庫からの借入予定額は三百八十万円であるから、その差額百十三万円は右の財源といえないこともない。しかし証拠に徴すれば、文京信用金庫は山本工務店に貸付けた金額全部の弁済を受けない限り請負代金四百九十三万円の全額につき取立委任の解除に同意しないであろうことは容易に推認できるところである。また、右借入も予定額の金額につき一時になされたのでなく、四回に分けてなされ、しかもその間三回にわたり一部弁済があつたので、金庫からの借入額は常時金二百万円を超えない範囲に止まつていたというべきであるが、右三回にわたる弁済は何れも文京信用金庫が文京区から受領した請負代金により充当されたものである。そうすると、文京区に対する請負代金債権は、本件売買契約が成立した昭和三十年九月二十七日当時売買代金の支払に充てられるべき財源とはならないというほかない。さらに、当時山本工務店が他に本件売買代金を支払うに足りる資力を有していたかどうかを検討して見る。証拠によれば、山本工務店は当時本件千駄木小学校増築工事のほか、北区、足立区等から同様の工事を請負い、その他にも受注ずみの契約を有していたことが認められるけれども、これらの請負契約により果して幾何の資力が生じ、本件売買代金の支払に充てられるかについて、被告の供述は甚だあいまいであつて、的確な資料もない、却つて右各工事は、何れもこれを遂行する資金に欠乏し、これを補う信用もなく、従つて遅々として進行せず、他に負債も山積して同年十二月末頃からは全く営業休止のやむなきに至つたことが窺われる。このような状況から推せば、山本工務店は本件材木売買契約成立当時既に代金を支払う資力を有していなかつたものと結論せざるを得ない。

してみると、山本工務店の代表取締役としてその営業全般につき管理する地位にあつた被告が、原告会社と右売買契約を結ぶに当り、その売買代金を文京区から取り下げられる請負代金のうちから支払うべき旨約束したことは故意に原告会社を欺したものというべきである。そして、原告会社が被告の約束を信用し右取り下げられるべき請負代金から確実に支払を受けられるものと錯誤に陥り、山本工務店と本件売買契約を結んで前記のように材木の引渡をしたことは証拠により明らかであるから、被告は、原告会社が右材木を引渡したことにより蒙つた損害すなわち本件においては右材木の売買代金に相当する金二百十万円を原告会社に賠償すべき不法行為上の責任があるものというべきである。

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